平安神宮に行ったことはあるかもしれませんが、その庭を見たことがありますか。
平安神宮にはぼーっとできる庭があります。
朱色の応天門と本殿だけが平安神宮じゃない
平安神宮に行くと、朱がまぶしい大鳥居と応天門が出迎えてくれます。


きれいな白砂、でも靴に入ると少し痛い白砂を歩き、「りっぱな建物ね」と感心しながら本殿で参拝して、はい、終了。

これでは、徒然草の「仁和寺の僧が石清水八幡宮で、麓にある神社だけを拝んで満足して、山頂の本殿に行かなかった」のと、同じことになります。
平安神宮にはとても落ち着く庭、「平安神宮神苑」があるので、参拝が終わったら是非庭に赴いてください。
控えめすぎる案内板の先に、隠された京都
本殿の左にある建物に「庭」の案内があります。

少し進むと、ここから庭の看板があります。

でも、どの案内板も控えめで、よく見ないとわからないかもしれません。
入り口に受付があり、巫女さんの格好をした方がいます。入園料600円を払い、庭園内に入ります。

庭は広いです。平安神宮を左からぐるっと囲むように南神苑から西神苑、神宮の上側を通り、右に進んで中神苑、東神苑へと進みます。

文学の中に生きてきた草木たちと出会う庭
まず、庭に入ると、草木の名前が書いた札があります。植物園と違うのは、その草木が平安文学などの、どの書物に登場するかを教えてくれることです。たとえば源氏物語や古今和歌集。しかも百人一首に詠まれていることも明記されています。お正月にいったので、みんな枯れていて残念でした。


または清少納言の『枕草子』。南国の木と思っていたシュロですが、そこにある説明書きは、『枕草子』40段、「棕櫚の木、辛め来てわるき家の物とは見えず、云々」と。実は清少納言も見ていた木だったようで、とても驚きました。


水の音に包まれる、南神苑の静かな時間
南神苑には、木でつくられた小屋があり、ゆっくりできます。

池が作られていて、小川が流れています。川のせせらぎと鳥のさえずりがいやしてくれること間違いなしです。

外の世界が消える、垣根に囲まれた庭の奥
いちばん北に来ると弊がありますが、外は全く見えません。垣根の上に木が垂れ下がっていて庭の外がまったく見えないつくりです。

龍の背に乗り空を舞う
平安神宮の右側(東側)、中神苑に移動すると、ここにも大きな池があります。そこには、「臥龍橋」がかかっています。橋と言っても石柱が何本も池に埋められているだけですが。この石柱には、豊臣秀吉によって造営された三条大橋と五条大橋の橋脚が用いられているとか。

この橋を渡る人には、「龍の背にのって池に映る空の雲間を舞うかのような気分を味わっていただく」という作庭者、小川治兵衛の意図が織り込まれているそうです。
実際に石柱から石柱に渡り歩くと、その下の池には雲が映り込んで、空にいるよう。石柱は一直線ではなく蛇行して配置されていて、それが龍の背のように感じられます。

石のベンチで、なにもしない贅沢
ここもそうですが、石で作られた長椅子があるので、一服。臥龍橋を渡った後は、ゆっくり池にかかる橋を眺めましょう。
ぼーっと、ぼーっと。動いているのは雲くらいで、焦点を合わせる力もださなくていいくらいのリラックス。


東屋でひと息、庭の中のお茶時間
ほんとうに喉が渇いたら、東屋に。屋根には草木が生えている趣のある建物です。ここでお茶やぜんざいを振る舞ってもらえます。ただし、現金のみなのでご注意。


空と静けさが広がる泰平閣へ
最後は橋殿の「泰平閣」。「橋殿」とは、床を高くして橋のように架けた建物のことを言うそうです。

屋根の上には鳳凰。ここは、どこに座ってもビルは見えません。


渡り終えると出口に。平安神宮の右側、入り口とシンメトリーな場所に出ます。



春にはしだれ桜、夏には花菖蒲、秋は紅葉、真冬は雪化粧と、見るものに困りませんが、なにもない冬に行っても、すーと心が洗われ、自然と深呼吸している自分に気づきます。いつ行っても混雑していないので、落ち着きますよ。

